先日、ジュンク堂へ行った。店の中央に文具コーナーが大きく陣取っており、子ども向けの本のコーナーにはトミカのミニカーが売られていた。

町の本屋がどんどん消えていってる。いや「消えて」いってるのではない。「潰れて」いってるのだ。ということを主張するのがこの本。

「いかにしてつぶれてきたか」とあるが、本来は「いかにしてつぶされてきたのか」としたかったのではないか。潰れるという場合、自らの重みに耐えかねて潰れるというのはよくある表現だ。しかし、多くの場合何者かにより握り潰されるというように使われる。本屋はつぶされてきた。つぶれたというとこれまた自然現象のように聞こえる。自動詞のようだ。

本を読みながら、こんな儲からない仕事をどうして本屋は始めた人は始めたのかと疑問に思った。利益率が低すぎる。おそらく、ここには熱意と情熱を食い物にする「やりがい搾取」的な構造があったのだろう。

本屋に行くことはもはや日常ではない。特別なことになってしまった。

いわく本離れだとか、ネット書店つまりはAmazonの影響により町の本屋がつぶれていったという言説にはゆめゆめ引っかからぬようにしたい。

リアルにひどい扱いをされている実態をあかされているこちらの書店。一度行ってみたい。

今、ひとりの書店主として、伝えたいこと  7月、8月と、これまで以上に廃業に追い込まれる書店が増えていった。|二村知子 隆祥館書店